ドーナッツを見て思うこと
僕は甘いものがそんなに好きではないが今日のお話しのテーマはドーナッツ。
僕は1年近くニートの経験があります。ニートって、365連休だとか、プレミアムエブリデーだとか、毎日夏休みだと、冗談なのか本気なのか、そんな表現がありますが、それが違うことにある日気づきました。
今、これを読んでる方の眼球と画面の間にあるもの、それは空間、空気、無・・・
しかしそこを中心にドーナッツを持ってくると、ただの空間だったものが穴になる。
その穴そのものの性質は何一つ変わっていません。けど、空間と穴じゃあ大きな違いです。
一方のドーナッツは。作り方はよく知らないけれど、たくさん食べたい人からすれば、穴の分だけ可食部は減っているわけです。しかし穴がなければもはやドーナッツではない。
小麦と砂糖と卵をどうにかしたあの素材(詳しく知らない)のおかけで、ただの空間は穴になった。
小麦と砂糖と卵をどうにかしたあの素材は、穴のおかげで、ドーナッツになった。
仕事があるから休みがある。若さがあるから老いがあって、冬があるから夏もある。時間が無いから金があって孤独があるから自由がある。恋愛するから失恋があって、食欲があるから体重が増える。
あたりまえのことです。しかしその当たり前を本心で受け入れられないから人の悩みは尽きないのだと思います。
お前は誰だ。何があるからお前がいるのか。お前の幸せは何か。何があったらお前は幸せなのか。幸せがないなら、何があるのか。